喜美子は、その荷物が現在どこにあるのか、訊いてから不思議に思った。あのバーでの続き―少女にも生物である以上は親がいて、実家、というものがある。娘が一日でも行方知らずで帰宅しなかったら、「普通」の親ならば、事件の二文字が浮かんで警察への通報を考えるか、一夜くらいは羽目を外してもと大目に見るかのどちらかだ。

「お母さんに連絡入れといてね? じゃないと、誘拐になっちゃうから」

「あはは、大丈夫だよ。別に心配してないから」

(そんなことないって)と出かかった声を喉仏手前でこらえた。少女の親はもはや娘への興味を失っていた。喜美子は、会ったこともない少女の親に対して、悲しみも憤りも感じた。

いつかのニュースで特集された「家出少女」たちは、ネカフェの個室で夜を明かす。

「宿泊費」はだいぶ安価だろうが、シャワー付きのところは少なく、あっても別料金である。洗濯はコインランドリーがあるが、毎日の利用となると費用はかさむ。大半の「少女たち」は、ビジネスホテルクラスに寝泊まりできない。週・月単位で宿泊の予約を入れるほどの資力はなく、仲間を探しにトー横に足を運び、つながった複数人と一緒に一室を借りて雑魚寝(ざこね)することもあるそうだ。

その日の生活費すら危ういのに、家に帰りたくない「少女たち」が、SNSで#(ハッシュタグ)「家出少女」と自ら名乗ると、《泊まっていいよ!》と「神」が降臨するらしいが、この子に限っては、そんなことはしていないはずだ。

クズどもから少女を守るため、「お部屋、用意しておくから」と言うと、少女は眉をハの字にして「いいの〜?」と上擦った声で感動をあらわにした。

    

【前回記事を読む】この子は〈少女〉だ。愛おしさを感じ、私はうろたえた。母性、庇護欲、懐かしさ…心が縦横無尽に浮遊して、自分の年齢は消えた。

次回更新は1月23日(木)、18時の予定です。

    

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