【前回の記事を読む】「みんなが見てる前で、こういうことされると困ります。」好意を寄せている同僚と仲良くなるために考えた計画だったのに…
東京ふたり暮らし
九月半ば、かなえにシェアハウスのリビングに呼ばれ、テーブルを挟(はさ)んで座った。
「あたしね、来月から、厚木にある支店に異動が決まったの。だから、里紗と一緒に住めるのは今月まで」
里紗は、急なことで心の準備ができていなかった。かなえとは、この一年半で、いろいろな思い出がたくさんできていた。
「そんなに落ち込まないでよ。会おうと思えば会える距離だから」
「どこに住む予定?」
「海老名(えびな)にアパートを借りて、そこから通おうと思ってる。海老名駅からは、小田急線で会社の最寄り駅まで二駅だから」
そして、かなえの引っ越しの日がきた。残暑の厳しい、晴れた秋分の日だった。
「元気でね」
「また遊ぼうよ。連絡するから」
別れ。今まで当たり前のように毎日を過ごしてきたハウスメイトとの。
かなえのいなくなった家は、ものすごく広くて静かだ。何かに悩んでも、そばにいて聞いてくれる人はいない。
ひとりになった里紗は、次の恋を見つけようと心に決めていた。
化粧の魔法
「ほかに好きな人ができた。別れてほしい」
二〇〇九年夏、二十三歳の美羽(みはね)は、五年付き合ってきた彼氏に別れを告げられた。半年前には結婚の約束をし、お互いの両親も認めてくれたというのに。
彼とは高校の先輩を通じて知り合った。大学入学直後のことだった。美羽は商学部、彼は法学部で美羽より一年先輩。何回か話をしたり、一緒に食事をしたりするうちに、美羽は徐々に彼に惹(ひ)かれていった。
この前年の春に、美羽は大手化粧品メーカーに新卒で入社した。大阪に配属となり、東京を離れることになった。それから彼とは遠距離恋愛。この間、彼は、毎日電話やメールをくれて、休みを利用して大阪まで会いに来てくれたこともある。
それが、いきなり別れてくれと言われても、簡単には納得できない。
「私は、一番好きだった人とは結ばれなかった。だから、あなたには、好きな人と結ばれてほしい」
母もそう言って、彼との結婚を心から喜んでくれたのだ。
別れたショックで、数日、会社にも行けなかった。それからひと月は呆然(ぼうぜん)と過ごした。やっと出社しても仕事が手につかず、単純なミスをしてしまう。けれども、どんなに悲しくても、仕事は待ってくれない……。