【前回の記事を読む】上司宛の「商談の時間変更」を伝える電話。しかし、伝言メモを書いている最中に急ぎのタスクを振られてしまい…
裸のマーメイド
総務部に異動して一年余りを過ぎた頃から、さやかは、なんとなく会社に居づらくなったこともあり、転職活動を始めた。
最初はアパレル企業で培(つちか)ったキャリアを生かすべく頑張ったが、やがて、幼い頃より続けてきた水泳の道で、もう一度原点に戻って再出発しようと思うようになっていった。それで結局、入社からまる三年経った二〇一七年三月、これまで勤めた会社を退職し、スイミングスクールのインストラクターに転職した。
インストラクターになったといっても、本格的に仕事を任せてもらえるようになるのは、研修を受けて、水泳指導員の資格を取ってからだ。
それまでさやかは当面、その資格の取得をめざしながら、小学生のクラスを担当することになった。子どもたちを指導するにあたり、安全面に常に注意が必要なのは言うまでもないが、加えて、さやかは子どもたちに、泳ぐことの楽しさを伝えていきたかった。
そんな思いで新たなスタートを切り、三か月が経ったある土曜日のこと、レッスンが終わって着替えようとしていたところに、一人の女の子がやってきた。
「先生、私、なかなか進級できないんです」
その子は、さやかが教えている生徒の一人で、里菜ちゃんといった。小学三年生で、おもに背泳ぎを教えている。
「そうだね。今日の進級テストも惜(お)しかったね。でも、あせる必要は全然ないと思うの」
「友達は受かったから、それが悔(くや)しくて、水泳が嫌いになりそう」
「今、あなたはスランプ状態になっているのかもね。先生は、それで水泳を嫌いになってほしくないよ。来週また一緒に頑張ろう」