バースデーソングは歌えない。

3 抱擁 〜喜美子〜

化粧なんかしなくても、どうしてこうも美しいのだ。自分の可愛さを理解している。そして、可愛いことを、正義とも罪とも思わない純朴さがある。

喜美子は、いたたまれない気持ちになって、さっとリビングを出て自室に戻り、着替えを片手にバスルームへ向かった。これからは電動歯ブラシのスタンドを見れば少女を思い出す。彼女が咥える歯ブラシには、喜美子の唾液の微粒子が付着している。

申し訳ない気持ちがたたり、喜美子は翌朝、歯ブラシのヘッドを取り外して捨てた。

そして、新しいものと交換した後、コンビニで購入した歯ブラシセットを横に置いた。

少女の入った湯に浸かる行為にも後ろめたさがあった。それは下心があるからではなく、間接的に少女を汚してしまうように感じたためだった。だから、シャワーで済ませた。

幼い頃、親の後に風呂に入ることに重たい抵抗を感じていた。自分の成長の姿となる母親、そして、一番身近な「男」である父親の老廃物が溶け出した湯。他人ではなく家族だから大丈夫なのが当たり前、という前時代の考えが嫌いだった。

親の裸も見たくなかった。銭湯で母親のだらしない体を見るのを我知らず忌避していた。他人の裸のほうが幾分マシだ。そして、親からの視線より、他人からの視線のほうが幾分マシだ。母親は、母親自身の体と、娘の体を見比べていた。