「いいでしょここ、あたしの秘密の場所なの」

「秘密の場所、ね。そっか、そりゃいい」未成年も入れるバーは貴重なのだろう。警察だって、オーセンティックな店にまで目を光らせやしない。

しかし、気に掛かる。

「店が閉まった後……はどうするの?」

「あー、その日によって違うかな、ネカフェとか、マックとか、たまに泊めて〜っていうときはあるけど……というか、泊まるって表現も変。だってあたしはシンジュクのどこでも行けるんだし、今日も明日もシンジュクにいるんだし、ここがおうちなんだから、泊まるも何もないんだよね」

喜美子は、小さな体に溢れた生命力に、すっかり感心してしまった。この子には、サバイバル能力がある。

自分が十四の時といえば、新宿はテレビ画面の向こう側の世界であって、一人で行けるとさえ思いつかなかった。学校と塾と家の三角形を行き来する狭い世界を疑いもせず、ほぼ毎日、両親と喜美子の三人で夕食を迎えた。温かい団欒がそこにはあり、一人娘の喜美子には、生活の拠点であった。

と回顧しつつ「おとうさん、おかあさんは」と言って喜美子ははっとした。自分は何を心配しているのだろう。少女の表情が一瞬強張(こわば)った。

    

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次回更新は1月18日(土)、18時の予定です。

    

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