バースデーソングは歌えない。
2 邂逅 〜喜美子〜
見慣れた牛丼屋や中華食堂チェーンを左に見ながら直進、カラオケ、コンビニ、カフェ、焼肉、キャバクラ、ラブホテル、漫画喫茶、狭い道を抜けると、独特の形をしたランドマークタワーが見えてくる。
タクシーが横切るのを見送って、信号のない横断歩道を渡り、深緑の高架下に足を踏み入れる。壁面に描かれた平和めいた小学生の絵にホームレスが凭(もた)れかかっているのを見ても、国が対処すべき社会問題だと意識から切り離す。
人工的な明かりが少女の華奢なシルエットを浮かび上がらせ、右に流れたその影を、喜美子は追う。少女は、朝になればぐるぐる旋回する山手線と平行に敷かれたアスファルトの道を、警戒せずにふわふわ歩く。喜美子からは小指の先ほどの距離で、すぐ前を歩いている。
のっぺりとしたコンクリ壁には、蛇のように波打った虹の絵が長く伸びる。手前には規則正しく同じ角度で自転車が並んでおり、いくつか単車も紛れている。
今度は少女は左に消えた。喜美子が慌てて角から顔を出すと、少女はスクランブル交差点を越え、向かいの繁華街にすっと消えていく。
ただの白い縞模様は、車両なしでは、ただの模様に過ぎず、赤をバックに直立した人間がくり抜かれていようが、それも単なる現象に過ぎない。喜美子は、躊躇なく渡りきり、ようやく人の気配がしてきたことに安堵しながらも、自分が、幻影に近いその少女をストーキングしている状況に、わたしってヤバい奴だなと自嘲する。