バースデーソングは歌えない。

2 邂逅 〜喜美子〜

バーテンダーは無言で頷いて微笑みながらグラスを氷で満たし、ボトルを何種類か取り出しては順々に注いだ。ぱち、と氷が温度差でひび割れる音がした。薄いグラスの縁を唇にのせ、中身を口に含むと、ほのかに甘く、清涼感が体の中央を通り抜けていった。

「ごゆっくり」爽やかに一言を添え、新しく向こうの端に一人座った中年の客のほうへ去っていくバーテンダーの後に、少女と二人きりの空間が唐突に現れた。

腕に巻き付いた時計に視線を落とすと、今日になってからすでに一時間が経っていた。喜美子は、甘いノンアルをちびちびと舐めている初対面の少女が、自分の横にいるこの稀有な状況に多少の不安を覚え始めていた。

少女は頬杖をついてスマホを指でなぞっている。歳下相手に対して、キミ、あなた、何と呼べばいいのかわからず、少女がスマホから目を離したタイミングで体をぐっと前傾させてから、ぎこちなく、ねえ、と呼びかけた。少女の睫毛は放射状に広がり、艶めいている。

「それ、何飲んでるの?」

「……ええと、何だっけ、『シンデレラ』。ただのミックスジュース」

カクテルの名前がわかったところで、喜美子は、自分が少女に抱く感情を測りかねていた。

「誰かと待ち合わせ?」と少女が犬歯を見せて訊く。「それとも……心配でほっとけなかったとか?」装っていた偶然に、少女はとっくに気が付いていた。

「あ、あ、……若い女の子が夜遅くにどうしたのかなって」と潔く認め、「どこに住んでるの」と、喜美子は少女に尋ねた。

「え? ここだけど」「ここ?」「ここ」

歳上に対して敬語を使わない態度にむしろ好感が持てた。

「そうじゃなくて、おうちは?」