「おうち? あれか、扉があって、外と区切られてて、部屋があって、テーブルとか冷蔵庫とか家具があって、あったかくて?」

「……うん。言葉にするとそんな感じかな」

「それ言うんならさ、ここだって扉で外と区切られてるし、テーブルも冷蔵庫も、たくさん飲み物もあるし、あったかいし。ここだけじゃなくて、他にも。お腹空いたらファミレス行けばいつでも料理作ってくれるし、コンビニだってある、あとはスマホがあれば大体なんでもできるし」

「でもまだ、未成年でしょ?」

「十四」

「ジュウヨン!」

「何その反応」

「だって……中学生が……」

「補導されちゃうかも? ま、ジュウハチでーすって言って、免許持ってませーん、学校も行ってませーん、ニートでーすって言えばケーサツなんてどっか行っちゃうし」

「はあ」

「シライシも『か弱い女の子なんだから夜中は一人で出歩いちゃいけないよ〜』みたいなこと言わないしね」

「シライシ?」

「あのバーテンダー。超やさしい。いろいろ助けてくれるし」

「へえ、そうなんだ」

少女が話題にのせた彼を喜美子は丁寧に眺めた。髪は後ろに流しジェルで固め、髭はハの字に整えられている。黒(照明の加減でそう見えるだけで本当は紺色かもしれない)のワイシャツの襟元から、柄物のアスコットタイが上品に覗いている。全体的に清潔感があるなあ、と感じる以外は、バックバーの鮮やかさに印象は吸収されていってしまう、その程度の平凡な男だった。