「はいはい、いつものね」 バーテンダーはグラスを取り出し、氷を一つ一つ積み上げた。ボトルから液体を注ぎ、指に挟んだメジャーカップを傾け、細長いスプーンで軽くステアする。

驚きで目を見開いた喜美子の横で、少女とバーテンダーは互いに目配せしてからふっと唇の先で笑った。

「嫌だなあ、お姉さん、今、違法だと思ったでしょう」

「あ、いえ、そんな」ははは、とやんわり否定する。

パーツが整然と並ぶ少女の横顔には、間接照明の柔らかい光によって大人の形相(ぎょうそう)が表皮の下から浮かび上がる気がしたが、まばたきをすると子どもの輪郭に戻った。

ケラケラと口を横に開いて感情を放出しても、顔面に無駄な線は現れなかった。

「さて、お客様、どんなテイストがお好みですか」

「ええと」行きつけの店がなかった喜美子は口籠った。「メニューとか、ありますか」

「一応ありますが、甘い系とかサッパリ系とか、あるいは、今の気分を教えていただければ作りますよ」と彼は軽やかに言った。

「……そうですね……強いて言うなら悲しい。ああ……という感じです」

  

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