とっくに時計の針はてっぺんを回っていたが、眠らない街に暮らす若者たちにとっては関係のない区切りだった。反復する一週間に身を委ねてきたこれまでの生活に狂いを生じさせ、非道徳ではあるが違法ではないグレーな領域にいるのが、喜美子をひどく心地よくさせていた。
ピンク色の看板付近から奥へと一直線上に点々と配置されたキャッチの男たちが皆、少女を見、その姿がぼやけてしまうまでずっと、微笑ましく見送った。その視線の流れに沿って"キャリアウーマン"が通り、男たちの意識は、少女から大人の女性へとシフトする。「夜の街・歌舞伎町」に住むと見紛われるほどのプロポーションを、喜美子は恥じた。
見失うまいと速度を上げ、細い道を縫うように新宿の深部まで進入していくと、少女はおらず、喜美子は焦った。鋭い四角錐を想起させるほど冷たい風に肌を切られながら、街灯が気味悪く照らす霞んだ領域を恐る恐る進む。すると薄い暖色の光が舗道を覆っている。
なんだろう。喜美子は近づいた。視界も暗闇に順応して、道の両端に立つ無機質な建物が浮かんでくる。喜美子は、その一つがぽっかりと口を開け、そこから下に伸びる階段を認め、ほんの少しの勇気を出して地下へ潜(もぐ)っていく。
重厚な扉の隣には小さく光る看板が打ち込まれており、ここが「店」であると教えている。見た目以上に重たそうな扉は、遮音性の高い映画館のそれと似ている。扉を開けた後の自分の挙動はまるで予想できなかった。未知を前に心拍が上がった。ぐっと力を腕に込めて体重の三分の一を後ろに掛けながら引き、現れた隙間に身を滑り込ませた。
喧騒で垢染みた「新宿」に、その汚染から免れた場所があった。
「いらっしゃいませ」
喜美子は、慣れない雰囲気に戸惑いながらも会釈する。カウンターに立つ壮年のバーテンダーが、彼女に薄く笑いかける。入り口から離れた端の席に行儀良く座る少女の姿が目に留まる。喜美子は店内を見渡しながらさりげなく歩み寄る。
曲線を描いた黒いシーザーストーンのバーカウンターにはスポットライトがぼんやりと滲み、バックバーには視覚的に楽しい多種多様なボトルが陳列されている。普段酒は飲まないが、この雰囲気は好きだった。喜美子は少女から三席空けて、バーチェアに腰掛けた。
「なんか甘いもの作ってえ」