トカゲ
妙な電話があったのは、その翌日のことだった。昨日とは打って変わって、冷え切った空気が頬を刺すような夜に、その電話はあった。
父を名乗る声が、「元気にしてるのか」と言った。
数年ぶりのあいさつのような声を聞きながら、僕は居間で晩酌をしている父を見た。冷たい汗が背中に流れた。なぜか聞かれてはいけないような気がして、僕は耳に受話器を強く押し当てた。
父を名乗る声は、一通り当たり障りのない話をした後で、「お父さんと行った墓のこと、覚えてるか?」と聞いた。
僕が、「覚えてる」と言うと、「お父さんも死んだらその墓に入るから」と言った。
「具合が悪いの?」と聞くと、「まあ、何とかやってる」と答えが返ってきた。
僕は、父に心臓の持病があることを思い出した。
電話を切った後も、僕の耳に父の乾いた声が張り付いて残った。父と向かい合う位置で炬燵に足を潜らせ、僕はお酒を口に運ぶ父の顔を確認した。僕の知る父の顔だった。
「どうした、こわいものでも見たような顔をして」
僕の目の前で、そう言った父が、得体の知れない存在のように思えた。それからまもなくして父の部屋から、何かを引きずるような音が聞こえるようになった。
夜毎、長くて重いものが床を這う音が聞こえてくる。何か妙なものが父のフリをして住み着いている、そんな考えが頭をよぎった。部屋の前で息をひそめて音を聞いていると、床に染み込んだ冷気が、僕の足の感覚を奪っていった。
「そこに何かいるの?」
僕がそう問いかけると、部屋から聞こえていた音がピタリとやんだ。
「ここにいるのは、お前のお父さんだよ」
「この前の夜、父から電話があったよ。その時、お酒を飲んでいたじゃないか」
寒さのせいか僕の声は震えていた。
「父のフリをするのはやめてくれ」