トカゲ
父という存在に答えを出したかった。父のことを知れば、それができると思った。それで僕は父に、いくつかの質問をした。
父の好きな色は茶色、好きな花はケイトウ、好きな言葉は愛だった。僕にとって茶色はきれいな色とは思えなかったし、ケイトウの花も毒々しく見えた。
それに、よそに居場所を作っていた父が、悪びれもせず愛などと言えるのが、僕には不思議でならなかった。結局、父を知ったところで、何も変わらなかった。
僕はまた、父との出来事から、父の存在に答えを出そうとしたこともある。父は車で眠ってしまった僕をベッドまで運んでくれた。それに、寒さで荒れた手の甲に可哀相だと言って薬を塗ってくれた。祭りの日、僕を肩車して花火を見せてくれたこともあった。
僕は、それらと父が無責任に出ていったこととを並べて、ますます父が分からなくなった。だけど、そうして父のことを考えているうちに、僕の内側で「人を悲しませるのは悪いことだ」という声が聞こえた。そして僕は、父という存在に仮の答えを出した。父は僕の中で、悪い人になった。
その父が帰ってきたのは、空に厚い灰色の雲がかぶさり、冷たい空気が身を刺すような年の暮れのことだった。数年ぶりに見る父は、少し痩せて見えた。もし父がこれまでのことについて言い訳や謝罪の言葉を口にしたら、僕は父を殴っていたかもしれない。
だけど父は、この家にいなかったことなんてなかったかのように、あまりにも自然に、「ただいま」とだけ言った。
薄く開けられた窓から冷たい風が滑り込んで、僕が喉の奥にためていた言葉を全て奪い去っていった。父は細く長くタバコの煙を吐いた。他人の匂いがする、と僕は思った。
父は以前と比べて、妙に馴れ馴れしくなった。夕飯の用意が整うと、階段下から僕に呼びかけ、食卓では学校の様子を尋ねた。
良い父親を演じているようなのが耐え難くて、僕は父が何を言っても返事一つしなかった。僕は、追い出せるものなら父を追い出してしまいたいと本気で考えていた。
「可哀相だなあ」
ある時、父は独り言のようにそう呟いた。僕は、ちょうど父のいる居間を通り過ぎるところだった。