【前回の記事を読む】河童の罠を買いに行った帰り、自転車がパンク。雨にも降られ、疲れ果てた俺を助けてくれたのは――?

夏の子供と星の海

それから二週間が経った。マジメ考案の罠は、新しい網でより立派なものになった。俺は、相変わらず毎日かかさずに川へ通った。

何度も川で顔を合わせるうち、マジメと釣りをしているおっさんだけではなく、子供とも顔なじみになった。おっさんとは、まだ一度も話をしたことはないが、気持ちの上では親友だ。河童の罠の整備をするためだけではなく、この山村でできた友人たちに会うために、俺は川へ行くようになっていた。

「僕、県外の学校へ進学するつもりだったんです」

その日、罠の餌を取りかえていると、マジメはそう言った。

「お前、頭良さそうだもんな」

「でも、やめました。おじさんの話を聞いて、僕もやりたいことをやろうと思ったんです」

「いいじゃん。ところでそれは、親御さんも賛成なのかな?」

「はい、ご心配には及びません。勉強は引き続き頑張ります。平均気温が現状より三℃上昇すると、冷水魚の分布適域が現在の約七割に減少することが予測されているそうです。僕は、気候変動による河川の生態系への影響について、自分の目で確かめ発信していきたいと思っています」

「マジメ、お前はきっと立派な大人になるよ」

朝の通り雨のせいか、川の水が、いつもより少しだけ増しているような気がした。

浅瀬で遊んでいる子供に、川岸に上がるよう呼びかけようとした瞬間、子供が足を滑らせ、川に飲み込まれるのが見えた。小さな体は複雑な川の流れに抵抗できず、あっという間に深い方へ流されていく。

俺は、夢中で川に飛び込んだ。溺れた人を助けようとして溺れてしまう危険は、もちろん知っている。だけど俺は、考えるよりも先に体が動いたことを後悔していなかった。必死で腕を伸ばし、子供の体を掴む。

「おじさん! 掴まってください!」

マジメが、河童の罠に使っていた網を投げた。子供にそれを掴ませた直後、俺のすねに水面下に沈む岩がぶつかった。

激痛が走り、川が俺一人を水中に引きずり込んだ。冷たい水が体の自由を奪っていく。

この山村に来てからのことが走馬灯のように頭に浮かんだ。リノベーションを繰り返し、愛着の湧いてきた廃屋。自転車を引いて歩いた、星の海がきらめく道。心を許せる友人もできた。一つ、心残りがあるとすれば、それは河童だ。