先日、河童の情報を集めた江戸時代の河童研究書、『水虎考略(すいここうりゃく)』にある河童の絵をマジメが見せてくれた。それは、何とも気持ちの悪い河童の絵だった。
河童、ウソだろ? 本当はご当地キャラクターにいるようなかわいい姿なんだろ? ふわふわで、目がくりくりで、くちばしがアヒルみたいなかわいい姿なんだろ?
俺が死を覚悟したその時、何かが強い力で俺を引き上げた。軽い荷物を持つように、俺を抱えて助けたのは、この川でいつも釣りをしているおっさんだった。おっさんは、急流に翻弄されることなく、浅瀬へ向かって、ザブザブと川の中を分け入っていく。
その首筋の一部が、緑色のぬめりのある肌に変わっているのを俺は見てしまった。
おっさん、河童だったのか。人間に化けた河童だったのか。
俺は薄れていく意識の中で、河童、かわいくないなと思った。
それから、3か月が経った。川で負った怪我はすっかり良くなり、俺は、マジメと子供と河原で焚火をしていた。パチパチと爆(は)ぜる音や、冷えた指先を温める熱が心地良かった。
割りばしに刺したマシュマロを炙り、クラッカーに挟んで渡すと、子供はそれをこの世で一番おいしいものを食べるみたいに頬張った。
「あの時、河童に助けられなかったら、こうしてスモアを食べることもできなかった」
俺がそう言うと、子供は、
「おじさんを助けたのは、河童じゃなくて釣りをしてたおっさんだろ」と言った。
「いいや、あれは河童だ。人間に化けた河童だったんだ」
「いるわけないだろ。河童なんて」
俺と子供が言い争いをしている隣で、マジメは、
「そういえば、あれ以来、釣りをしていたおじさんを見ていませんね」と言った。
河童は実在していた。そして、俺を助けてくれた。まだ一度も話したことはないが、釣りをしていたおっさん、いや、河童は、俺の命の恩人だ。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
【イチオシ記事】二階へ上がるとすぐに男女の喘ぎ声が聞こえてきた。「このフロアが性交室となっています。」目のやり場に困りながら、男の後について歩くと…
【注目記事】8年前、娘が自死した。私の再婚相手が原因だった。娘の心は壊れていって、最終的にマンションの踊り場から飛び降りた。