ドアの向こうでズルリと床が擦れる音がした。

「気付かないフリをしたままだって構わないだろうに、どうしてそう向き合おうとするんだ」

「そんなのは僕の勝手だ」

「妙な子供だなあ。だけど本当のことを知ったらきっとガッカリするよ。だいたい他人の匂いがする奴なんてろくでもない奴ばっかりなんだ。真面目に向き合ったりしたら悲しいだけだ」

もっともなことを言われているような気がした。それが悔しくて、僕はほとんどムキになって言った。

「父のことで今更ガッカリするものか。悲しんだりもしない。僕はただ父の存在に答えを出したいだけなんだ。そうじゃなきゃ僕はずっと消化不良のまま、父の存在を抱えていくことになる」

背中を向けた僕を追うように、父の部屋から声が聞こえた。

「可哀相だなあ。泣いてしまいそうだなあ。出ていった奴のことなんて放っておいたらいいんだ」

またズルズルと床が擦れる音がし始めた。

電車とバスを乗り継いで一時間半、数軒の民家と田んぼに囲まれた静かな場所に、父の職場はあった。僕は母の手元にあった書類から、この塗装店を見つけた。僕は今日、父のことに決着をつけるつもりで、ここへ来た。

作業現場にいる父が戻るまで、事務所で待たされることになった僕は、父に会ったら何を話そうか考えていた。父の存在に答えを出したら、今夜、父の部屋のドアを開けて妙な音の正体を確かめようと思った。そして泣くようなことは何もなかったと言ってやろうと思った。

壁にかかったホワイトボードをぼんやりと眺めていると、僕を入口で出迎えてくれた女の人がお茶を出してくれた。