「ずっとずっと、その先だ。日が昇るずっとずっと先。北の果ての地だ。おまえも旅の支度だ。私と一緒に、支度すればいい。都の貴人や兵も一緒の旅だ。ここの暮らしのようなわけにはいかない。そして」老剣は、言葉を切ると蝶英を見つめる。「おまえは、私の弟子として。一人前の剣士として行くのだ。覚悟はあるな」

「はい。覚悟はあります」

蝶英は、間髪を入れず答えて、大きく頷いた。先生と一緒なら、どんなことでもできる。そう思った。

急いで食べ終えると、片付けを始める。これから初めての、旅の支度なのだ。

斑鳩の宮庭に十人ほどの兵が集まっている。それに見合う馬。兵糧等の輜重車(しちょうしゃ)もある。老剣が兵たちと話している。蝶英は、老剣と自分の荷物をそれぞれの馬にくくりつけていた。見慣れない男に気付く。兵と同じ貫頭衣を着ているが、剣は帯びていない。坊さんのように、短い髪。ひときわ背の高い若い男だ。痩せているが、棒のように、すっと立っていた。

そして何より、気配が読めない。男も、そんな蝶英に気付いたようだ。近づいてくる。

「あなたも、この旅に」

蝶英に話しかけてきた。娘なのに、髪を後ろで縛った猟師のような姿に、戸惑っている。子供に向けてではなく、大人に向けた口調なので、蝶英も、はい、と素直に答えた。

「そうですか。私は法広。僧侶です」

一人、海の向こうの隋という国から来た坊さんが、一緒に行くと聞いていた。この男がそうか、と蝶英は思った。少し言葉に癖があるのも、そのせいかと思う。

「私は老剣先生の弟子で。蝶英と申します」

蝶英はそう言うと頭を下げた。法広は、ほう、という顔をする。

「あなたが、老剣殿の弟子の剣士」法広は、小さな蝶英の頭から爪先まで視線を走らせる。その瞬間、蝶英は後ろに跳んだ。二間は離れている。一瞬、法広の視線に殺気を感じたのだ。

     

【前回の記事を読む】「不老不死はもちろん、ある。仏法の中に。仏の中に永遠の生はある」

     

【イチオシ記事】ホテルの出口から見知らぬ女と一緒に出てくる夫を目撃してしまう。悔しさがこみ上げる。許せない。裏切られた。離婚しよう。

【注目記事】「何だか足がおかしい。力が抜けて足の感覚がなくなっていくような気がする」急変する家族のかたち