【前回の記事を読む】十年前、都の焼け跡で、一人さまよっていた孤児が…大きくなったものだ。師に逆らい「いやです。私も行く。先生と一緒に」と…

大王の密使

法広は感心したように頷いた。

「なるほど。老剣殿の弟子に、相違ない」

にっこりと笑う。蝶英も感じていた。この男、ただの坊さんではない。老師と同じように、武術の心得がある。

「心強い限りです。よろしく頼みます」

法広は、そう言うと頭を下げた。蝶英も慌ててもう一度頭を下げた。離れて、そんな蝶英を老剣は見ている。そして法広にも目を移した。すると、法広も視線を感じたのだろう。老剣を見て、笑顔で会釈した。隙の無い男だ、老剣はあらためてそう感じていた。

法広は自分の支度を終えると、宮殿の迎賓の間にいる隋使の裴世清の元に赴いた。出発の挨拶もある。裴世清の機嫌は悪い。

「厩戸皇子は、私を倭王に会わせる気はないらしい」

隋使が、蛮夷の王に目通りできない。いや、本来、朝貢する側の冊封(さくほう)の地の王こそ、率先して隋使に目通りを願うものなのだ。これでは、隋の国書も手渡せない。法広は頸を傾げる。裴世清の機嫌が悪くなるはずだ。

そんなことが続けば、帰国して、隋王に申し開きもできない。

「夷狄(いてき)の考えることは、われわれには理解できない」

裴世清は頸を振った。

「それで。おまえの方は」

「はい。準備、整いました」

「そうか」

裴世清にとっては、こちらの方で成果を上げることが、重要なのだ。徐福(じょふく)の末裔が見つかれば、倭や高句麗のことなど、ささいなことだ。法広は裴世清の言いたいことがよくわかる。

八百年前、初めて中華を統一した秦の始皇帝。その命で不老不死を求めて、仙術を究めた方士(ほうし)である徐福が船出した。不老不死の神仙の術があるという、東方の蓬莱(ほうらい)の地を目指したのだ。しかし、徐福は二度と、秦や中華の冊封の地に帰ることはなかった。

始皇帝は不老不死が叶わず、十年あまりの治世で没し、間もなく秦も滅亡した。以来、歴代王朝の皇帝は、不老不死の術の探索を続けている。そして初めて隋王の手が、この倭の地に届いたのだ。

「法広。おまえは洛陽で仏法を修め、徐福の仙術を学んだ道士(どうし)だ。徐福の足跡を追えるのは、おまえしかいない」

法広は頷いた。

「厩戸皇子も高句麗の僧から、徐福については聞かされています。高句麗の恵慈はなかなかの学識の僧で、徐福や蓬莱の知識もある。もっとも、皇子らは信じてはおりません。この倭の神々や仏法では理解できないでしょう」

「東夷(とうい)のこの国では無理ないことだ」

裴世清は笑った。