二人が廊下を歩いていくと、ナースステーションのカウンターに信永経子が来ていた。看護師から軟膏を貰い、病室に戻ろうとするところだった。

「経子さん」

一夏が呼び止めると、彼女は背を丸めたままの姿勢で振り返ってこちらを見た。まだ五十代のはずだが、すっかり白髪交じりになった髪を後ろで束ねている。土気色の顔に開いた瞼裂は細く、下がった目尻には鳥跡のような皺が刻まれており、長年の辛苦を物語っている。

彼女はしばらく目を細めて黙って二人を見つめていた。意外にも梨杏との面会の希望に彼女はすんなり了承し、殆ど無言で二人を病室に案内した。

四〇二号室はこの病棟で一番広い個室で、特室という富裕層向けの一泊三万円以上はする設備が充実した病室である。

ドアを開けると正面には、応接用の豪華な木製のテーブルとそれを挟むようにエレガントなソファと椅子が二脚置かれ、その奥の窓の横には白いロッカーとパキラという三本の幹が縒り合された観葉植物が置いてあり、

右の壁には大画面のTVが据え付けられている。ドアのすぐ左には小型のキッチンがあり、冷蔵庫や電子レンジも備えられている。さらにその奥には室内トイレと浴室も別々に備わっていた。

ベッドは部屋に入って左奥のトイレ・浴室と、先程の窓より奥の別の窓との間の空間に設置されていた。窓は嵌め殺しの物で開けることはできないが、ここからも海や街並みを見渡すことができる。ただ今はレースのカーテンで日差しを遮っていた。

室内にはベッド脇に設置された人工呼吸器から聞こえる規則的な換気音が絶えず響いている。人工呼吸器はキャスター付きの架台にモニター画面が乗っかっているような形をしており、モニターは心電図ではなく、気道内圧、流速、換気量等、換気の状態を表示する仕組みである。心電図とは異なる台形に似た波形が描かれていた。

人工呼吸器から二本の蛇腹のホースが伸びてきて、最後にはY字型のピースで一つに合流し、人工鼻というフィルターを通してベッド上に横たわる患者の喉頭部から飛び出している気管切開カニューレに繋がれている。二本のホースはそれぞれ吸気用と呼気用のためにある。

患者は一夏が説明した通り、全身を包帯で包まれていた。頭も顔も包帯で包まれているが、僅かに目と口の部分が開いている。しかし、閉じた瞼や唇や口の周囲にも激しい熱傷による瘢痕が痛々しく刻まれており、おそらくは全身の皮膚がこれと同じ状況であろうと推測された。

暑いせいか、シーツは掛けられていない。人工呼吸器の強制換気に合わせ胸の部分が上下しており、一夏が言う通り強制換気に対し何の抵抗も無いようである。手足は枯れ枝のように痩せ細り、確かにこの脚で歩き回る姿は想像できない。

左前腕からは何かの点滴が輸液ポンプで持続点滴されていた。また、経腸栄養剤のバッグも天井からぶら下がっており、こちらは胃瘻カテーテルへ繋がれていた。

  

【前回の記事を読む】「相談があるの…私見たのよ」―突然の医療事故で、元いじめ加害者が亡くなった。その騒ぎの直前、看護師が見たのは…!?

次回更新は1月19日(日)、11時の予定です。

    

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