眠れる森の復讐鬼
「顔を見たのかい?」
「ううん、顔も包帯でぐるぐる巻きだから。でも、本当なのよ、信じて」
一夏は両手で顔を覆って嗚咽した。何とか助けてあげたい気持ちになったが、海智は彼女の言うことが俄かには信じられなかった。
「梨杏が復讐のために大聖の人工呼吸器を外したって言いたいのか?」
「分からない、分からないけど・・・・・・もしかして、あれは梨杏の生霊だったんじゃないかって思って怖くなって・・・・・・海智、海智はミステリー作家になるんでしょ。だったら、この謎を解いてほしいの。そうじゃないと安心してこの病院で働けない」
彼女は再び涕泣し始めた。
(確かにミステリー作家にはなりたいが、探偵になりたいわけじゃない。大層な依頼をされたもんだ)
海智は途方に暮れたが、もう長いこと誰かに頼りにされるという経験をしたことがない。ここで一肌脱がなければ面目が立たないと、すっかり枯れ果てていた男の意地に火が付いた。
「分かったよ。俺に何ができるか分からないけど、とにかく冷静に考えてみよう。やっぱり梨杏は動ける身体じゃないんだね」
一夏は彼の言葉に気を取り直し、ハンカチで涙を拭った。
「八年前に昏睡状態になってから一度も意識を回復したことがなかったそうよ。植物状態って言われているわ。自分では呼吸もできないから気管切開して人工呼吸管理になっていて、強制換気モードなんだけど完全に呼吸器に乗っているわ。
自発呼吸があれば強制換気に対して必ずバッキングやファイティング、つまり人工呼吸と自分の呼吸がぶつかっちゃうことね、それが起こるんだけど、見ていてそれが全く無いの。それに採血の時なんかも針を刺しても腕をピクリとも動かさないし。
やっぱり昏睡状態なのは間違いないと思う。それに手足も完全に痩せ細ってしまっているし・・・・・・」
「彼女に会えないかな?」
「えっ?」
海智は自分でも自分の言葉に驚いていた。
「一度彼女の姿を確認しておきたいんだ。それにお母さんにも一度挨拶しておきたい」
一夏は彼の顔をしばらくまじまじと見つめていた。
「分かったわ。私も行く」
そう言うと彼女は早速席を立った。