【前回の記事を読む】“それ” が廊下の奥の方へ歩き出し、姿を消した時、ナースステーションのアラームがけたたましく鳴り響いた。「四〇一号室、心停止!」
眠れる森の復讐鬼
嵐士は白目をむき、眼球は上転して、口には泡を吹いていた。その泡の形が心マッサージの律動で揺れる以外全く変わらないところを見ると、既に息はしていないと思われた。左前腕に何かの点滴のルートが繋がれている。彼の頭頂部の方向には緑色のスクラブの上に青いビニールのガウンを引っ掛けた今城蒼が立っていた。
ゴム手袋をした左手には小さな鎌のような形をした喉頭鏡を持っており、鎌に取り付けられた小さな電球が光を放っている。彼の右手側には小林看護師が立っており、手にスタイレットという太い針金のようなものを挿入した挿管チューブを持っていた。
海智が入ってきたのを目にすると蒼は銀縁眼鏡の下の目尻を吊り上げ、彼を鋭く睨みつけて怒鳴った。
「部外者は出ていけ!」
その剣幕に驚いて海智はおずおずとその場を引き下がった。
「何で俺が当直の時に限ってこんなことばかり起こるんだ!」
海智がドアを閉めた途端、蒼の怒号が病室内に響いた。
三十分程経過した後、蒼が疲れた顔で病室から出てきた。ナースステーションの中の椅子に腰かけている海智を見ると呆れたような顔をした。
「部外者は出て行けって言っただろ」
「俺は部外者じゃない。この病棟の入院患者だ」
海智が抗弁すると、蒼はちっと舌打ちして彼に背を向けて離れた椅子に座って電話をかけ始めた。