【前回の記事を読む】「彼女はなぜあんな高い部屋にずっと入院できるんだ?」ー病院に隠された昏睡患者の秘密とは…

眠れる森の復讐鬼

海智は考えの行先を一夏の方に転じた。彼女は苦しんでいる。彼としては、何とか彼女を支えてあげたい気持ちであったが、あと一週間もすれば彼は退院する。そうすればもう彼女に会う機会は無くなるだろう。事件を解決すると約束したのに何もできていない自分が歯痒い。

(退院した後も彼女を支えてあげられるだろうか。こちらから連絡するのはやぶさかではないが、病院の外で会うというのはどうなんだろう? それじゃまるで付き合っているみたいじゃないか。そもそも、彼女に彼氏がいるのかどうかも聞いていない。妙な気を起こして、恥を掻くのは御免蒙りたい)

その時、金清に『好きなのか?』と訊かれたことを思い出した。

(俺は一夏のことが好きなのだろうか? 好きだから彼女の依頼を簡単に引き受けたのだろうか?)

そんなことを延々と考えていたら、いつの間にか深夜の午前二時になっていた。重い体を起こして寝る前に小便をしておこうと思い、海智は病室を出た。彼の部屋は個室だが、トイレは右隣りにあり、一旦病室を出なければいけない。トイレのスペースの分、彼の病室は狭くなっている。

用を済ましてドアを開け、再び病室に戻ろうとして何気なくナースステーションに続く廊下の方を見やった時、驚きのあまり全身が凍り付いた。

暗い廊下の先の左側にうっすらと見える四〇一号室のドアが開き、中から頭、顔、体幹、四肢、つまり全身包帯に包まれ、針金のように痩せ細った、人間なのか化け物なのか判然としないものが現れたのである。

彼の大腿が恐怖で震えている間に、それはゆっくりと廊下の奥の方へ方向転換し、歩き出した。暗さと包帯のせいで表情を窺い知ることはできなかったが、喉頭部から飛び出した気管カニューレの接続部と、左手からぶら下がった短い点滴ルートとその先端の三方活栓が目に入った。

海智はようやく我を取り戻し、慌ててそれの後を追って廊下を走りだした。それは廊下の突き当りを左に曲がって行く。彼は無人のナースステーションの横を通り過ぎ、左に続く廊下を目を見張って見渡したが、既にそれの姿は消えていた。

「どうしたの?」