仙一

新参者の仙一の仕事は飯焚(かしき)。

酒造りの世界では、頂点の杜氏でも先ず飯炊きから始めるのは例外ではない。そして誰もがそこから杜氏を目指す。

仙一の蔵の中の仕事はといえば、飯場の食事の用意以外には荷物運びや水汲みなど雑用が殆どで、麹米が蒸し上がった時などは、駆り出されてその麹米を作業場へ運ぶ事以外、酒造りに必要な仕事はまだあまりさせてもらえていなかった。

朝はまだ暗いうちから起き出し、朝食を作って先輩の蔵人達に混じって、下の席で自分も一緒に食べた。みんなが食べた後の片付けの後は、直ぐに昼食と夕食の買い出しが始まる。

飯場の男衆10数名分の食材の買い物は、賄い専門のおばさんと協力し合っても大変な量だった。おまけに、月の予算を決められて、その予算内でのやりくりは仙一がしていた。

献立は主におばさんの守備ではあるが、仙一にとっても骨の折れる調理場での仕事である。大きな鍋を使う大型のガスコンロは5機あったが、仙一は文字通り飯炊を担当していた。

米の飯は、竃(かまど)で焚くから火を調整して最後まで放ってはおけない。その代わり、今では味わえない炊き上がりの飯を口にする喜びで至福の一刻である。

十数人分で、3升の飯と味噌汁と干物、それにおばさんが作る糠漬けの漬物などが、簡素だが朝食で、それぞれのお膳で綺麗に速やかに無くなる見事な食事風景になる。

本格的な仕込みが始まると、昼食では黙々と食事が進み、誰もあまり会話をしない。

作業の行程を、親方が指示したり時には注意を与える。そして昼食の後は、直ぐに再び蔵に入って作業が再開される。