「言い訳、か。さもありなんだ」

手裏剣はかわしたが言葉の方は突き刺さった気がする。この小僧、俺の生き様を言い当てたか? 意義は肩に掛けていた打飼袋からさらしを出して、少年の右手首を縛り上げた。急場しのぎの止血だ。さらしにひまし油を沁み込ませる。消毒である。

止めを刺して林に放り投げてもよかったが、恨めし気な顔と辛らつな言葉が意義にそうさせた。生かしてよい命かもしれない。少年を担ぎ上げ、振り返って路上に捨ておかれた右手首を見る。

(あれは、もういいな)

つなぐ技術があるわけでもない。覆水は盆に返らぬ。意義は少年を背負ったまま道を戻ることにした。来る途中に寂れた山寺を見た。あそこで介抱してやろう。

蝉がうるさく鳴き始めたため、意義は一部始終を林の陰から窺う者の気配に気づかなかった。河合郷左衛門という大坂東町奉行の同心だ。

(やはり下人は使えぬな)

ならば己自身の手で……と言い切れないのは、侍の剣の腕には到底敵わないことを知ってしまったからだった。 

廃寺の堂内は暗く、黴の臭いがした。茣蓙にくるまって眠る少年の枕もとには、血に染まった手拭いと桶がある。少年は丸二日昏々と眠り続けた。その間に意義は一度小田原宿に戻り、化膿止めの薬を購入し自分を襲った少年に塗ってやった。

土間の七輪には滋養を供給する鳥鍋が火にかかっている。少年はその芳しい匂いにつられて目を覚ました。

次回更新は12月21日(土)、11時の予定です。

 

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