其の参

[一]

真向いに夏の太陽があった。見渡す限りに海が広がり、波がキラキラと輝いていた。潮風が一帯の松林をそよそよと揺すり、辺りは蝉の声に包まれていた。

日本海に飛び出た岬の鼻だった。足元は二十メートルあまりの断崖で、その下に小さな浜があった。丸石がごろごろと転がって、波がそれを舐めるように洗っていた。柏崎の近くの小さな岬だった。

骸骨が新潟県の海浜に来てもう三日になる。岬は全体を松に覆われ、突端に古びた小さな神社があった。その傍らの六畳程の小屋に勝手に潜りこんで、毎日ぼんやりと海を眺めていたのである。

遠くで時々車や列車の音がしていたが、その松林に人が訪れることはなかった。骸骨は実に久々のことで人目を逃れて自由な空気を満喫していた。ここでは骸骨も風景の一部だった。

遠く磯浜で戯れる子供たち、夕方になると岬の高さまで舞い上がる鴎の群れ、一面の蝉の声、生きているものといえばそれだけだったのである。

骸骨は半身白骨の姿で膝を抱えて木に凭れていた。紺のシャツや顔型のマスク、カツラ、そうしたものが頭上でポタポタと雫を滴らしながら風に揺られていた。

濡れたジーンズやアポロキャップからも雫が滴れているところを見ると、どうやら洗濯をしたらしい。もしかすると浜辺で戯れていて波を被ったのかも知れないが、その辺りは判然としなかった。

ズボンだけ履いているのが妙だったが、多分エチケットということなのだろう。何はともあれ上半身の白骨を白々と辺りに晒していたのである。

あんなに社会へ、人の中へ出てみたいと思っていたのに、独りで風景の中に溶けこんでいるとホッとした。この広々とした海を眺めていると、つくづくと山中でふて寝をしなくてよかったと思う。

そうだ、あの時信州の山中で眠ろうとしたのだ。藪の中でころっと横になっていれば、いずれ誰かが見つけてくれるだろうと思っていた。見つかっても、素知らぬ振りをして動かなければいいのだ。

その人は初めギョッとして立ち竦むだろう。次に恐る怖る見て、さらにはまじまじと見て、「わっ」と腰を抜かすだろう。それで周章てて里へ下るのだ。やがて大勢の人を引き連れて戻ってくる。