マルゴが見上げると、深く青く澄んだ水の瞳が優しく笑う。馬を疾駆(しっく)させる彼の長い金色の髪が風になびくのを、マルゴは腕の中でうっとりと眺め続けていた。
本当に彼という人はいたのか……その実感を伴わないまま、雪の平原を疾駆したあの日の記憶だけがマルゴの胸の中で膨れあがり、届ける相手のいない幻のような恋心がずっと育まれている。
春まだ浅いこの季節にしては、今日は随分日差しが暖かだ。
あてもなく部屋を出たマルゴは、心地よい風に誘われるまま、祖母が自ら手入れしている小さな菜園にやって来た。農民に作らせている領主の菜園とは別に、個人の楽しみとして祖母は城の一角にとても小さな畑を持っている。
「たとえ領主であろうとも、糧(かて)を生む労苦と土の恵みに感謝を忘れてはなりません」
そう言う祖母は、種蒔きと収穫には熱心だが、畝(うね)を起こすのも草を引くのも侍女の仕事だ。母のキエラはそれを「おばあ様の農民ごっこ」と皮肉る。
どちらの言い分が正しいのかはわからないが、手入れされた中庭の薔薇など見飽きてしまっているマルゴには、この菜園は目新しくて面白い。
発芽したばかりの小さな双葉を見ると、マルゴはこんな小さな芽がどれだけの力でこの土を押し上げたのだろうかと驚く。踏みつぶしてしまいそうな小さな芽だが、土を割り裂く渾身の力を振るって地表に顔を出したに違いない。
黒い土の上に屈(かが)んで、彼女は一つ二つと勇者を讃えるようにそれを数えて楽しんだ。
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次回更新は12月13日(金)、18時の予定です。
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