アジア会館に戻ると、フロントの女性がこちらを見ながら足早で歩いてくる。
目が合うと間髪おかず、「どこ行ってきたの?」と聞く。
「餃子を食べて、お酒を飲む店でジュース飲んできた」ことを伝えると、少し困った顔をして、「大人がお酒を飲む店に子供が行っちゃいけないの。今度から断って。断れなかったら私に言って。私がいなかったら誰でもいい。話しておくから」
少し間をおいて今度は優しく僕の目を覗き込むように「大丈夫?」と聞く。
「わかったよ、大丈夫」と僕。
ジンさんは、アジア会館で僕と会うと、その時一緒にいた自分の友達に必ず紹介してくれた。「俺の一番若い友達だ」と。類は友を呼ぶなのか、彼の友達も見た目は彼と同じくらい怪しい人たちばかりだった。その頃はまだあまり見かけなかった男性の茶髪、派手な服装。威勢のいい会話、やたらする握手……。
半分冗談とわかりつつも"友達"と紹介されて心地良かった。彼の友人たちもその後会うと、「ようボク、元気か」などと挨拶してくれて、大人のグループの仲間入りしたようで気分が高揚した。それからもジンさんからは、時々誘われて一緒に食事をした。
そのたびにフロントの女性の言葉を思い出したが、この時の僕の正直な気持ちは「どちらの言うことも聞きたい」だった。だから「2回誘われたら1回は断ろう」と心に決めていた。
しかしなぜか、ジンさんからはその後も食事は誘われるものの、二度と"クラブ"に連れていかれることはなかった。
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