318号室の扉

クラブデビュー

最初に318号室の扉を開けたのは、遊び人風の若い大人だった。

「ボク、一人で住んでるの?」

話は早々にそれるが、最初に318号室を訪ねてきた彼は、会館の中で僕に会うたびに大きな声で「ボク」と呼び、それを頻繁に聞いた従業員からも「ボク」と呼ばれるようになり、やがて以降訪れる大人たちからも「ボク」と呼ばれた。

彼が"僕"のあだ名を"ボク"と名付けた名付け親である。

さて話は戻る。

アジア会館のある赤坂8丁目のこの場所は、外苑東通りの1本裏で、六本木まで徒歩圏内、外国人研修生向けといえども、場所柄か、怪しげな大人も少なからずいた。この遊び人風の若い大人も、見た目は怪しさ満載ではあったが、声をかけられた僕は、釣り糸のえさにかかるように「一人暮らしです」と、すかさず返事をする。

「すごいな! ちょっと話せるか?」と、言われるままに部屋に招き入れ、僕は机の椅子に座り、彼はベッドに腰かけるとおしゃべりが始まった。おしゃべりと言いながら、殆ど僕がしゃべった。なぜ一人暮らしを始めたのか、その理由をとうとうとしゃべった。しゃべっているうちに寂しさが紛れていき心地良かった。危機意識は全くなかった。

あらかた話し終えると、こちらの気持ちを見透かすように、「よかったら近くに夕飯行かないか。話、もっと聞きたいから御馳走するよ。ここから歩いてすぐのところに安い中華料理屋がある」と誘われると、こんな展開を望んでいたとばかりに後について出掛けた。

店は確かにすぐ近く、餃子で有名な"珉珉"という店だった。このお店では、餃子には、醤油とラー油ではなく、酢に胡椒をかけて頂く。