【前回の記事を読む】兄からのアルミラケットと壁打ちの日々――ある日、塀の向こうから現れた“彼”との不思議なつながりの始まり
318号室の扉
壁打ちテニスが繋いだ隣人たちとのラリー
「どうやって握るんだ?」壁に向かって打ち始めると、
「難しいな」
「これじゃ、ボールいくつあっても足りないわ!」
あくる日は、二人で遊んでいる時に杉田さんが来たので、高校生の彼を紹介した。こうして杉田さんの教え子は二人になった。最初は一人で遊んでいた壁打ちテニスだったが、杉田さんや高校生が時々加わる。暫くしてもう一人仲間が増えた。高校生の妹だ。
まだ小学生の彼女の役目はボールガール。壁の上に跨り、ボールが壁を越えて庭に打ち込むと大喜びして取りに行きこちらに投げ返してくれる。お兄ちゃんの高校生は力が余り過ぎでボールがしょっちゅう壁を越えては妹を喜ばせた。
社会人の杉田さん、高校生に、妹の小学生、そして中学生の僕の、奇妙な四人の壁打ちテニスは、遊び方も奇妙ながら僕にはとても楽しい時間だった。一人より二人、二人より三人、三人より四人と、一人でも人数が多いほうが、より楽しかった。
「壁打ちテニスができる専用の場所があるけど行くか?」ある日の杉田さんからのお誘いに、僕は小躍りした。駐車場の壁打ちテニスだけでは物足りなくなっていたので、これは魅力的な提案だ。数日後、二人でバスに揺られて15分ほどの目的地、千駄ヶ谷に向かう。その場所は、東京体育館だ。イベントがある時には駐車場となるスペースの、「駐車場の壁」だった。
その壁は、上部が湾曲していて、トンネルの半分の形をしている。ボールが上部にあたっても逆ホームランしないように考慮されているのだ。横の長さは100mくらいあっただろうか、スペースも広め、混んでいる時もあったが、譲り合って使う習慣ができており、多少混んでいても気持ち良く利用できた。そして何より、仕送り生活の僕にうれしいのは、ここは無料なのだ。
千駄ヶ谷に来た時は、杉田さんはコーチだけでなく、パートナーになる。僕が打って戻ってきたボールを杉田さんが打ち、交互にストロークする。力加減をせずにラケットを振ることができて、試合形式で戦っているようなゲーム性もあり(相手は壁だけど)、見事にハマった。使用可能日が出入口に張り出されており、スケジュールを確認しては、杉田さんと次に来る日を決めた。