今朝からラフィールという少年を連れ歩いていたのだが、用事でほんのちょっと目を離した隙(すき)に姿を見失った。城下にまだ不慣れな少年だから、ふらっと歩き回って道に迷ったかと探しているのだ。

「不慣れって、またどうして?」

ヴァネッサの民なら三年半前からこの領地に馴染みつつある。馬番は合点のいかない顔を向けた。

「この間、オージェから戻ったばかりなんだ」

「オージェってことは、そいつが、あの?」

バルタザールが嬉しげに頷くと、馬番もへえーと頓狂な声を上げた。オージェとはプレノワール北方の山岳地帯に位置する閑散な土地だ。

ヴァネッサの村には「ファラー」と呼ばれ、村人を精神的に統率する役を担う者がいる。

大きな存在だけに、村人が新しい領主を受け入れ、領内の法に従って生まれ変わるとなれば、弊害にもなりかねない。

そこでシルヴィア・ガブリエルは、解放の際、ぜひとも必要な措置として、ファラーの職にあった者に、村人と離れてオージェに行くことを勧めた。血縁がさほど意味を成さない村だったが、彼にとってファラーは実の父だ。

村人は当初、ファラー一人に犠牲を強いるようなことに反発したが、母のユリアと、同じ両親から生まれた弟ラフィールを同行させるという彼の深い配慮に納得し、これを受け入れた。

ラフィールは村が解放されるや、母と他二名の村人と一緒に、父であるファラーに伴(とも)してオージェに行き、解放後の三年をその地でひっそり暮らしていたのだ。

ところがつい四か月ほど前、バルタザールがオージェへ赴きファラーと面会した際、「そろそろこの子を連れ帰ってもらえないだろうか」と申し出があり、一緒に戻ってきたのだった。

そんな事情のあるラフィールだが、馬番が歓声を上げるのは別の理由からだ。