磯吉商店

「えらいロマンチックな貝殻を拾たんやなぁ、俺のがらになく」と貝殻を手に取ってハルが言った。

「私たちの結婚のお祝いやね」とトモは嬉しそうだ。

そして2人はくっついてキスをした。大きな窓に真っ赤な夕日が海の地平線に沈んでいくところだった。

この時トモは20歳、ハルが27歳だった。こうしてめでたく2人が夫婦(めおと)になり、姉サエと私ルリ子そして弟の浩太郎の3人が生まれた。

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ハルとトモが結婚して3年が経った頃、磯吉商店の鮮魚店の建物から通りを挟んだ真ん前の精肉店を買い取って新たに磯吉商店の料理店が建った。通りの東側が今までの鮮魚店、西側が新たに建てた料理店と建物を2つに分けたのだ。

宴会の需要が増えて鮮魚店の宴会場では手狭になっていた。鮮魚店の2階宴会場はせいぜい50名くらいしか収容できなかったが、料理店の宴会場は仕切りを外せば100名まで収容できた。料理店といってもレストランではなく小座敷と宴会専用の料亭のような料理店だ。

建物は東西に長く、1階東側正面に宴会場の玄関ロビーを作り、建物真ん中に厨房、西にスエヨシとキヨの住まいと続く。スエヨシの住まいの西の端には10坪ほどの日本庭園を作り、2階の宴会場の窓からも庭が見下ろせるようになっていた。

週末の今日も宴会場は満員御礼の大忙しで、芸者も3人ほど呼ばれていて三味線に合わせて歌い踊る賑わいだ。キヨの娘カコが大きな花瓶に活けた見事な花が玄関ロビーを彩っている。

宴会がもうすぐ終わる夜8時過ぎの料理店の厨房では、ハルとトモが従業員の北さんに助けてもらい宴会の片付けに追われているところだった。

「奥さん、楓の間のお勘定お願いします」と2階宴会場の仲居から内線電話があり

「はい、ただいま」とトモが返事した。

リフトから食べ終わった食器が次から次へと下ろされてくる。北さんが残った残飯をゴミ箱にあけ、洗剤の泡立つ大きな流し台の1艘に汚れた皿を入れてハルがそれを洗う。泡だらけの皿を4歳の私ルリ子がお湯の入ったもう1艘の流し台に入れてすすぎ上げる。

「ルリ子、お皿をすすぐ時はお皿をお湯と平行に優しく入れるんやぞ。でないとお湯の中のお皿とけんかして割れたりひびが入ったりするからな。気をつけろ」と、ビールケースをひっくり返した台の上に乗った私に父ハルは優しく教えた。

「は~い、パパ」と、私は大人の真似事ができて嬉しくて仕方がない。

「パパもうじき私の誕生日や、動物園に連れていってくれるって言ったよなぁ」

「そうやなぁ、いつか連れていってやるわ」

「ふぅん、それはいつか分からんいつか? それとも5日(いつか)のいつか? どっちのいつかや?」と動物園に連れていってもらいたい私が執拗に聞く。

「そうやなぁ、どっちやろうなぁ」と、ハルは皿を洗いながら嬉しそうに笑った。そうやっていつも父は私をはぐらかしてしまうのだ。なかなか動物園に連れていってもらえない私はいつもふてくされる。