磯吉商店

電車は目的地まで残り1駅というところで止まってしまい、復旧するのに1~2時間はかかるとのアナウンスが車内に流れた。ハルとトモの2人がお盆休みの3日間を使って勝浦温泉まで新婚旅行にやってきた道中のことだった。ハルは荷物を持つと車両後尾にある3段ほどのはしご階段から勢いよく線路の上に飛び降りた。

「大丈夫や、ほら俺の手に掴まって」と、ハルが電車の上のトモに手を差し伸べる。おしゃれをしてスカート姿のトモははしご階段の一番下の段から飛ぼうか飛ぶまいか迷っていた。ハルの片手を持って思いっきりエイっとチカラを入れたトモはハルに抱っこされた形になり

「きゃあ、ごめん」とトモの頬は真っ赤になっている。

「ハハハッ」と綺麗な前歯を出してハルは笑い

「あと30分くらいで着きそうや。トモ、歩こう」と言ってトモを促した。

「うん」と返事をしてトモもハルについていく。

海風をたよりに潮の香りがする方へ線路から東へ歩く2人の目の前に現れたのは、遠くまで広がる海原だった。海水浴場からは少し離れていて人気もほとんどない砂浜を、遠くに見える旅館を目指して手をつないで歩いていく。昼過ぎ2時頃の真夏の暑い太陽がサンサンと2人の頭上に照っているものの、海風が心地よく頬を撫でて気持ちが良かった。

トモは鞄から出した日傘をさしてハルにくっついて歩く。2人手をつないでただ歩くことが楽しかった。家の仕事が忙しくてろくにデートもしていなかったから、家を離れて2人ゆっくり海を眺めて旅をすることが嬉しかった。

綺麗に透き通った海水が引くと波打ち際に大小の貝殻が現れる。その中に丸くふっくらしたゴマアザラシのような模様の貝をハルは見つけて手に取った。ちょうど手のひらに収まるくらいの大きさで、茶色にこげ茶の小さな斑点がたくさんついた貝だ。