磯吉商店
キヨが17歳の頃に2歳年上のスエヨシが遠くからキヨを見て気に入り、結婚が決まった。キヨはまだ男の子と手をつないだこともないウブな年頃に、自分の知らないところで話が進み恥ずかしさに頬を赤らめた。遠慮して叔母が決めたことに逆らうことができなかったのだ。
スエヨシには姉が2人いて母親が43歳でやっと授かった男の子だった。だからそれはそれは大事に育てられ、のんびりして自分勝手なところがあった。
結婚して女5人と男2人の7人を産んだ。最初の女の子と男の子は2人とも幼少の頃に死んでしまい、その後女の子4人が生まれた。
上2人の女の子は、子どものいない親戚がくれと言うので仕方なく、娘たちが中学に上がる頃に養女にやった。そして磯吉商店には4女のトモ、5女のカコがキヨの手元に残った。
そして最後に末っ子の男シンが生まれた。シンはキヨにとってたった一人の男の子だったので、目に入れても痛くない特に可愛い子どもとなった。
「奥さん、お疲れさまでした。また明日」とハルが元気よく鮮魚店から出てきた。
宴会の片付けがようやく終わった夜の8時半だ。真っ暗で薄暗い外灯しかない山道をハルは自転車を漕いで家に向かって上っていく。
昼間はあんなに暑かったのに夜は涼しい風が吹いて山道も少しは楽に上がれる。雲は風にゆっくり運ばれ三日月が明るく西の夜空に浮かんでいる。空が澄んで星もたくさん見える。
周りの田んぼからはガマカエルやウシガエルの合唱がけたたましい勢いで鳴き競い、田舎の夜は賑やかだ。
ハルは月を見ながらブツブツ独り言をつぶやく。
「可愛いなぁトモ。あぁ俺はトモが好きや、大好きや。ほんまトモは優しいんや。トモだけや優しいのは。キヨさんはトモとの結婚を許してくれるかなぁ。どうなるのかなぁ、あぁどうか許してください。お願いします」と深いため息を漏らした。
昼休憩の時のことだ。ハルは心臓が止まりそうなくらいの勇気を出して、トモと結婚したい気持ちをキヨに打ち明けたのだ。