「大将さんと奥さんがしっかり継いでくれて、大奥さんは安心やねぇ」と北さんが、事務机でそろばんをはじきながらお勘定の計算をしている祖母キヨに声をかけた。
「そうやなぁ、ほんと嬉しいなぁ」とキヨも嬉しそうに笑って応える。
北さんは料理店が建ってすぐの頃に働き始め、料理店の仕事をよくこなしてくれる頼もしい従業員だ。キヨやハル夫婦からも信頼されて女性従業員のリーダーを任されている。
「トモ、計算できたから勘定をもらってきてくれるか?」
トモはキヨから勘定書をもらい2階に上がっていった。
私のひとつ年上の姉サエは、首が座ったばかりの浩太郎のそばで折り紙を折っている。
とそこへ「お母さん、もう帰るわぁ」と叔母カコが厨房に顔を出した。
「あれぇカコ、あんたまだおったんか? はよ夕飯持って帰らなあかんやないか。旦那さんが待っとるでしょ」とキヨが困った顔をして慌ててカコを促した。もう夜の8時半だ。カコの夫はとうに家に帰ってきている時間だ。
「ハイハイ、ではお母さんお休み」と空返事をしてカコは帰っていった。
カコは短大を卒業した後、1年だけ幼稚園に勤めた後大企業に勤めるサラリーマンの男性と結婚した。今は磯吉商店のお手伝いにきている。お昼3時過ぎに現れて夜8時頃には車で15分ほどの自宅に帰る。
学生の頃からの趣味の生け花を活かして宴会場のお花はカコが全部活けてくれるが、それ以外はフラフラ自由気ままにキヨに会いにくるのが仕事だ。
しばらくしてお代をもらったトモが厨房に戻ってきた。
「お母さん、後の片付けはトモと2人でするからもう上がったらどうですか。疲れたでしょう」とハルはキヨをねぎらって声をかけた。
「浩太郎は気持ち良さそうに寝てるしなぁ」とキヨは浩太郎を覗いてトモの方を見た。
「お母さん、ありがとう。後は大丈夫やから」とトモが応えた。
「おばあちゃん、サエはおばあちゃん家へ泊る」とサエがキヨの右手を握った。
「サエちゃん、泊まってくれるのぉ。トモ、サエちゃん連れていっていいかなぁ。ほなサエ、行こうか? ハルさん、ルリ子、お休み」とキヨはサエと一緒に料理店の奥のスエヨシとキヨの住まいに戻っていった。
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