磯吉商店
新しく料理店ができてスエヨシ夫婦が料理店の住まいに引っ越し、今までスエヨシ夫婦の家族が住んでいた鮮魚店の住まいに私たちハルの家族が住むようになったのだ。3人目の子どもの浩太郎が生まれて母トモが忙しくなったので、姉サエはおばあちゃんに、私ルリ子はお父さんのそばにいつもくっついていた。
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「僕がお爺ちゃんに戦隊ヒーローキックしたから死んでしもたんやぁ。お爺ちゃんごめんなさい」と2歳の浩太郎が悲しそうな顔で言った。今日は祖父スエヨシの葬式だ。
お酒が強かったスエヨシは肝臓ガンを患い62歳でこの世を去った。
姉サエと私、浩太郎も従妹たちと一緒に、料理店の2階の宴会場で鬼ごっこやかくれんぼをしてキャーキャー言って走り回っている。お爺ちゃんが死んで悲しいのやら嬉しいのやらよく分かっていないのだ。
姉サエが小学校1年で私が幼稚園の年長、従妹もだいたい同じくらいの年齢の子どもが集まって、お爺ちゃんの悲しいお葬式というよりもどちらかといえば従妹たちと遊べることの楽しさの方が勝っている。
料理店の1階で葬式が行われ、親戚の叔父、叔母、従業員、親族一同と大人は黒い服を着て神妙な顔で念仏を唱えている。磯吉商店の取引先からの花輪、娘カコの夫の会社からの花輪、親戚一同の花輪、たくさんの花輪が玄関ロビーに並んでいる。
その中にはスエヨシの一人息子シンが務める会社からの花輪も並んでいた。シンは北海道の大学を卒業した後そのまま北海道で就職して3年ほど経ち、25歳になっていた。今日は会社に休みをもらい葬式に出席している。
しばらくぶりにシンの顔を見て祖母キヨは嬉しくて仕方がなかった。大学を出たら地元に戻ってくると信じていたキヨは、就職も北海道でしてしまった息子に寂しい思いをしていたのだ。
キヨも60歳になっていたし、夫が亡くなり心細くなっていた。キヨは一生懸命北海道での生活や会社のことをシンに根掘り葉掘り聞いている。キヨはシンが家に帰ってきてくれたことが嬉しくてたまらない様子だ。
「お父さんが死んでしもたんや。シン、そろそろこっちに戻ってきたらどうやろう」とキヨは最後にとうとうシンに本心を明かした。大事な一人息子が遠いところに行ってしまい心底寂しかったのだ。
「店も忙しくなったし、ハルさんを助けたってくれへんか?」とキヨはシンに持ちかけた。シンはちょっと嫌な顔を見せた後
「そやなぁお母さん。考えとくから」とそっけない返事をしただけだった。そして葬式が終わりシンは北海道に戻っていった。