せやけど支配人はグレゴールが最初の一言を言うか言わんかのうちに背を向けてしもうて、ガタガタ震える肩越しに唇とんがらしてグレゴールの方を見ただけ。グレゴールが話しとる間ひとときもじっとしとらん。グレゴールから目を離すこともできんとドアに向かって少しずつ、部屋を離れることなかれと内密に命令されとるみたいにほんまに少しずつトンズラしようとしとった。
もう玄関ホールにまで来とった支配人が急に動いて最後の一足を居間から引っこ抜いたところは、はた目にはその瞬間足の裏を焼かれでもしたみたいに見えたやろう。玄関ホールで右手を階段に向けて伸ばした姿は、まさしく天の助けを待つが如し。
支配人をこないな心理状態で行かせることは何としてもあってはならんとグレゴールは分かっとった。この一件が店での立場を危うくすんのをどうしても避けたいなら。両親はそこらへんがあんじょう分かっとらん。
【前回の記事を読む】鍵穴にささってる鍵を口で回す仕事に取っかかった。茶色い液体が口から流れ、鍵づたいに床にしたたった。