6

カーシャは依然として目に見えぬカリヨンを鳴らし続けており、それを立ったまま見ている自分がいるだけだった。だが、下腹で一瞬灯った火は、吹き消された今も灯心から白い煙の筋をくゆらせていた。ユーリは目を閉じ、小鼻を広げて息を吸いこんだ。

カーシャは鳴らし終えたらしく、南向きの窓から顔を出して覗いた。真下にエゴルの銀灰色の車が止まり、アニタと村長夫人がおりるのが見えた。

「おばあちゃーん」

カーシャは塔の上から下にいるアニタに向かって手をふった。三つの顔が一度に見あげる。

「まあめずらしい。あの子いつからあなたになついたの」

「この間ふらっとやってきたからココアを飲ませてやったのよ」

アニタは一瞥すると、面倒くさそうに手をふって返したが、カーシャの背後からちらりと覗いたユーリの顔を見つけると瞬時に眉をひそめた。ユーリは隠れるように窓辺を離れた。

二人の女は隣町の病院に村長を見舞った帰りだった。村長は、村が紛争のあおりを受けていたころは、政府を相手に村民の代表として数々の交渉に尽力した。

必死にかけあって、村民にいくらかの賠償金がおりるように持ちこんだのはまったくこの村長の手柄だったが、極度な緊張から解き放たれたためか、それから彼の認知力は急速に低下し、今では週に一度病院を訪れる妻のこともはっきり思い出せないようなありさまだ。

「悪いわね。せっかく見舞っていただいても、あの人ったら誰のこともわからなくなっちゃって。あんなにしっかりした人だったのにね」