―まあいいさ。上で言い聞かせてやろう。 そう思ってユーリはカーシャに続いて塔にのぼった。

子どものころに一度きたが、あのときはこの階段がこれほど狭いとは思わなかった。両腕をいっぱいに広げることもできない土管の中に内側と外側の幅がちがうステップが切り分けたチーズのように積みあげられた階段。

馴れたカーシャはとんとんとあがっていくが、薄暗い中、足元ばかり見ているユーリは目が回って気分が悪くなりそうだ。胃が胸までこみあげてきたとき、ようやく一番上のテラスに辿り着いた。

空の上に出たような爽快感が広がった。ぐるりと大きく開いた四方の窓から最初に目に飛びこんできたのは空の青さだ。広場の中にぽつんと立った鐘塔のこの最上階は、まさに空の中ほどに浮かんだ小箱のようなもので、視界を遮るようなものが何もない。

「わあ、思っていた以上だな」

ユーリが歓声をあげると、カーシャの右頬に小さなえくぼが現れた。これが、ものすごく得意になっている時の表情なのだと、最近ユーリにもわかってきた。

通りに対して塔が少し左右にふった形で建てられたのは、四つの窓をきっちり東西南北に向けるためだ。その分、ここから見る通りの眺めは下界で見るのとはずいぶんちがっていて目新しい。

「へえ、蜂の奥さんの家が真正面に見える。通りから見あげても全然見えなかったのに、ここからだと丸見えだな。カーテンが開いてりゃ、部屋の中まで覗けそうだ」

ユーリは窓から見える景色がめずらしくて、あそこが、ここがと指差して子どものようにはしゃいだ。自分がなんの目的でここにきたのかも忘れてしまうところだった。そうだ……と思い出してカーシャを見れば、彼はユーリになど目もくれず、東向きの窓のそばで何やら変わった動作をはじめていた。

手を開いたり閉じたりしながら腕を上下させるその動きは、まるで見えない紐を引っ張っているような仕草だ。同じ動作を繰り返しながら、彼は眩しそうに目を細めて、視線をしきりに塔の円天井へ(まるてんじょう)、あるいは空の彼方へ泳がせている。