理髪店のドアを押し開けると、チリリンとベルが揺れる。まっ暗な店の中でひらりと何かが動く。それは店の鏡に映った自分の姿なのだが、いつもこれにはどきりとさせられる。

明かりのないところで鏡を覗けば、たとえそれが自分の姿であってもちがって見えるものだ。もしかして別の影が映りこんではいないかと、キーラは目を背けるのだが、怖いと思えばこそ目はいつもその気配を拾ってしまう。

どうせ借地なのだからと、両親は建物もそのままで村を離れた。他にいくあてもないし、村に戻ればまだ家が残っているかもしれないと期待して帰ってきたのだ。発電機はうまく作動しなかったが、とりあえず雨露がしのげればいいと鍵を壊して入りこむと、すぐに村人に見つかった。

「あたしの家だよ! 何が悪い」

強気で言い返すと誰ひとり文句を言わなかった。相手をびびらせてやったと気を吐いていたら、次の日、頼みもしないのに燃料屋がきて、お湯とラジエーターを使えるようにしていった。その晩、何日かぶりにシャワーを浴びて温かな部屋で横になったら、わけもわからず涙が出た。

―燃料屋に礼を言うべきなんだろうか。

だがどう言えばいいのだ。ここ数か月でそんな言葉などすっかり忘れてしまった。勝手にやったんだ。頼みもしないことを、あいつが勝手にしていったんだ。キーラは何度も自分にそう言い聞かせた。

賠償金をもらった勢いで、一家は早いところ村に見切りをつけて街へ出たが、そもそも計画が甘かった。それっぽっちのお金ではちっとも思ったようにはならなくて、両親は毎日責任をなすりつけ合い言い争うばかりだった。