姉と一緒に親のもとを離れたら、一度に自由を掴んだ気がした。未成年だとわからないように化粧をして街へ出ると、世界が向こうから自分を迎えにくるかのような感覚になった。
胸の警鐘(けいしょう)が鳴ったのはほんのはじめだけ。両親のところで抱えていた鬱積(うっせき)する思いは、街の放つ煌(きら)びやかな魅力に酔いしれていれば溶けたように忘れてしまう。
墜ちるというのは、階段を踏み外すのとはわけがちがう。墜ちている間は、少なくともはじめのうちは浮遊感を覚えるものだ。地面に叩きつけられるまでは痛みもわからない。
キーラはバスタブにお湯を張りながら洗面台に向かう。
―ひどい顔。クレンジングクリームを指に取ってなじませると、シャドウもルージュも顔の上でぐちゃぐちゃに混じり合った。溶けた大人の顔をぬぐい取ると、下から十八の娘の顔が現れた。
子どものころから嫌いだった。臆病そうで、弱い顔。ほしいものに二人で同時に手を伸ばすと、譲ったわけでもないのに相手はもらったような顔をする。早い話が顔で負かされているのだ。気持ちが前に出ようとしているのに、この顔はちっともそんな「あたし」を伝えてくれない。
鏡の向こうから、貧弱な素顔が物憂げにこちらを見返している。キーラはクレンジングクリームで汚れた手を鏡の顔に押しつけた。
―強い者が生き残るのよ。当たり前じゃない! ニコなんかのとばっちりで潰れてたまるもんか。あたしには運があるわ。
エゴルには嘘を交えて喋った。本当のことなど話せるわけがない。キーラ自身でさえ目を閉じていたいことなのだ。
【前回の記事を読む】「なあ、ねえちゃん。あんたここの部屋の人かい」…知り合いに泣きつかれ、裏街のチンピラから匿うことになったのだが、ある日…
次回更新は11月17日(日)、21時の予定です。