こうした作業ルーティーンをきちんと守って仕事をしていた。美智子にとっては、水は地面が乾いたらやるもの。枝が混んできたら見栄えが良くすっきりするところで切るもの、肥料は土の色の変わり方でやるというものだったのだが。
秋が深まったころ、ポインセチアの鉢を整理していた。そろそろクリスマス用品の出番だ。ふと、人の気配を感じて振り向くと田村が立っていた。美智子をもの珍しそうに見て、
「久しぶりの日本で、畑に来てみたらあなたがつなぎを着ていた」と笑った。
「初めは分からなかったけれど、よく眺めたら似合っていますね」
「着てみると案外温かいのです。若い気になっています」
「あなたの仕事振りが若い人たちの神経質な面に良い影響を与えているということで、来てもらって良かったと感謝しています」と田村は静かな口調で話した。
田村は別棟の研究棟へ美智子を誘った。美智子は行ったことがない。白衣を着た研究員が出入りしているのだ。
チリ一つない静かな空間だった。天井の高い温室があって、たくさんの仕切りがある。すべてバラの花だった。
「この温室は青いバラを作っています。青い色素を取るのに十五年前から取り組んでいて、ようやく先が見えてきました。オーストラリアとの共同研究です。
初め、ペチュニアから青い色素を取ったのですが、バラとは相性が悪くて失敗でした。カーネーションにはのせることができたのですがね。やがてパンジーの青い色素を試したらバラに取り入れることができました。その色素を遺伝子の中にも組み入れることに成功したので、青いバラの完成を発表することにしました」
温室のバラは薄いピンクから赤紫、そして青へ。微妙な色の変化を見せて並んでいる。
青いバラは静かで深いたたずまいだった。十五年の努力、人々の情熱が感じられた。