【前回の記事を読む】「ここに私のお墓を買ったの」――外出許可を取った彼女に頼まれて静岡へ。目的地の公園には、海を見渡せるベンチがあって…
森の中の病院
扉が開いて、以前にも会ったことのある婦長が現れて「面会室」と書かれた部屋に案内された。向かい合わせの椅子があり、座るようにと手で示した。
向かいに腰を下ろした婦長は、低い穏やかな声で話し始めた。年末の風邪の症状から高熱を出し、さまざまな治療が試みられたが、免疫力が低下していたために、病気に打ち勝つ力がなかった。正月の三日に息を引き取ったと。
「病気の方もそんなに悪かったのですか」
「検査の結果転移が見つかっていました。病気は波があります。肺炎が急激に悪くなったのです。抵抗力が弱まっているので菌に打ち勝てなかったのです。危篤になる前に、誰かお見舞いに来てほしい人はないかと伺ったのですが……」
婦長は孝介が連絡先を知らせておかなかったことで、事情があるのだと推察したのか、多くを語らなかった。
危篤になって身元引受人になっていた群馬県の伯父に連絡した。翌日、息子が伯父夫妻を連れてきたが間に合わなかった。こちらで簡単な葬儀をしていったようだ。支払いを済ませ、貴重品は持ち帰り、そのほかのものは処分してほしいとの要望だったと。
孝介の手元にスケッチブックが一冊残された。よし子から婦長に手渡されたものだ。
「もし、お見舞いに来てくれた人があったら渡してくださいと言われたのですが。お見舞いにいらしたのは、あなた様だけだったと思いまして……」
スケッチブックを手渡されて、孝介は不覚にも涙を流した。立ち上がったが、言葉にならず、深く礼をして部屋を出た。
よし子は一人で逝ってしまった。