森の中の病院

孝介が見つめるのを察して、

「病院の食事はきっちりしていて、あまりおやつも食べられないから細くなったわ」と笑いながら両手で頬をおさえた。

病室は大きなガラス窓で、光が差し込んでいた。

山並が途切れると、その遥か先に海が広がっていた。

「八階のこの部屋に入って、初めて海が見えるって分かったの。うれしかったわ。海を見るなんてめったになかったもの。ここに座っていると飽きないの。なんだか私、今まで突っ走ってきちゃったなあって。自然の中にいると、人も一緒なのだって感じがするわ」よし子は遠くにあるものに優しいまなざしを向けていた。

店ではこんな話をしなかった。

「うちの近くの沢の水を汲んできた」

孝介からペットボトルを受けとると一口飲んで、笑顔になった。

「美味しい、柔らかいのね」

「さすが飲み屋の女将だ、水の味が分かる」

「以前の話よ。でも水が美味しいのは体に良いわ」

テーブルにスケッチブックがあった。色鉛筆と一緒に、売店で買ったのだという。窓からの風景が描かれていた。

孝介は、色鉛筆で雲の周囲を微妙にぼかした。紺色や灰色など、思いがけない色を加えて、絵に奥行きを出した。

「すごく良くなったわ。孝さん、絵が上手なのね」

「絵を描くのは昔から好きだったな。今度来たときには、ゆっくり一緒に描こう。それまでに何枚も描いておいて」

病気についてはあまり話したがらなかった。医師に、治りたいという熱意がないのが問題だと言われたそうだ。