「お医者さんて、言わなくても、いろんなことが分かるのね」
よし子はちょっと肩をすくめた。治ったって孝さんの居ない生活に戻るだけだから張りがない。
それを言ってしまったら病気に負けると自分を叱るのだが…… 別れ際に、孝介はよし子を包むように、優しく抱いた。
見舞ってから一か月過ぎたころ、よし子から連絡があった。外出許可を取ったので、静岡まで連れていってほしいとのことだった。外出許可が出るくらいなら良好なのだろう。
その日、よし子はグレーの柔らかいワンピースの上にダウンを羽織っていた。少し細くはなっていたが、店をやっていたときとそれほど変わらないように見える。
車に乗ると電話番号のメモを出して、ナビに入れてと言った。
平日の道路はゆったりとしている。
「静岡に何があるんだい?」
「もっと近くで海が見たいの。それとお魚が食べたいかな」
よし子の返事を聞いて楽しい気持ちが孝介にも伝わっていった。国道から逸れて道が細くなるにつれ、緩やかな上り坂になった。
やがて広場が見えて、駐車場があった。広い公園のように見えた。
目的地のようだった。さまざまな形の石が置かれていて、その向こうは見晴るかす駿河湾だった。広場には、海を見渡せるベンチが間隔を開けて並んでいた。
ベンチに腰かけると、よし子は孝介の手を取ってダウンの上に置き、両手で包むように撫でた。
「ここに私のお墓を買ったの」
よし子の言葉に孝介は息をのんだ。
「実家のお墓には母と五年前に亡くなった父が入っているの。そして父は自分より前に亡くなった女の人の骨もそこに納めたの。あの世に行けば三人で仲良くしてるのかなと思うけど、私は入りたくない」
しかし、だからといって自分の墓を買うなどと、孝介には考えられない。だまされて連れてこられた気がする。