第1章 まず知ってほしいこと ~患者さんの疑問に答える~
1 もう治らないんですか?
大切な時を自分らしく“生ききる”
もし医師から治る見込みが低い病気と言われたからといって、すぐに死に直結するわけではないということです。医師の説明はすべて今までの医学的データを根拠としています。医者は、実際に目の前に座っている患者さんが治るか治らないか、その患者さんのこれからの時間がどのくらいかを正確には言い当てられないのです。
抗がん剤の効きやすさや、がんの増殖の速さは個人差が非常に大きいからです。患者さんには、がんとうまく付き合いながら大切な時を自分らしく“生ききる”ことを目指していただきたいのです。
【腫瘍内科医のつぶやき】最期の桜
「もう治らないんですか? 死ぬってことですか?」という質問に答えるのは勇気が要ります。はっきりと断言することはできないけれど、たぶん治癒は期待できなくて、これからの時間も限られていると思われる場合には、こんな風にお答えすることもあります。
「来年の桜を見るのは難しいかも」
宮城県がんセンター緩和病棟は、ウッドデッキのある病室が中庭に面しています。そこには、二本の桜の樹が植えられていて、春には花をつけます。日本人は、なぜ人生の最期に桜のことを考えるのでしょうか。
この句を思い出します。
“今生の桜といふは聞き流す” 仁平よしあき
俳人協会会員、東北大学名誉教授の仁平義明先生の句です。私も「これで桜を見るのは最期ですね」という患者さんの質問にどう答えたらよいのか分からないで、聞いていなかったようにふるまうことがあります。