鬼の角
日が西の空に傾き始めた暮れ六つ時、佐吉は、紋付羽織と袴姿に着替えさせられた。腰には先祖伝来の、宮下藩の殿様から拝領したという脇差を挟んだ。その姿で大広間に向かうと、部屋も庭も既に来客であふれかえっていた。佐吉の姿を見ると場は静まり返り、佐吉が上座中央に腰を下ろすとすぐに、村長が祝いの挨拶を始めた。
よく耳を澄ませて聞いたが、相手の名前は出てこなかった。そして、この村から初めて東京帝国大学に進学した秀才で、今は農商務省に勤めているという役人が乾杯の発声を行い、宴会がスタートした。
まだ花嫁も来ないうちに、みんな本格的に飲み食いを始めている。それでいいのだろうか? みんなが飲み食いしながら話している内容をよく聞くと、どうやら中村家が跡継ぎを決めることができて良かった、という話ばかりだった。
五つ時に花嫁は実家を出発すると父は言っていた。その父も、佐吉の左で料理に箸を伸ばしている。時々箸を置き、右手を懐に入れて胃の痛みに耐えている姿が痛々しい。そして、痛みを紛らわそうとしてか無理に酒をあおっている。
ちょうど五つ時になった頃、司会の村役場助役が「花嫁のお迎え係の方は、そろそろ玄関に待機願います」と喧騒のなか大きな声で叫んだ。みんなもう出来上がっていると思ったが、十人くらいの男性がさっと席を立って玄関に向かった。
五つ時に実家を出発すると父は言っていた。もう迎えの準備をするというのは、実家はそんなに遠くではないのだろうか? 車が手配できれば隣町からでも来ることができる。しばらくやきもきしていた佐吉だったが、これ以上考えても何がどうなるわけではないと悟り、もうどうにでもなれと言わんばかりに酒をあおった。
そのときだった。玄関から大太鼓をどーん、どーん、と鳴らす音が聞こえてきたかと思うと「花嫁ご到着」と、殿様が出座するときのような語尾を延ばす大きな声が聞こえた。