鬼の角
それは、もしかすると狐か狸に化かされているのではないかとさえ思える光景だった。二十一世紀、令和の時代にあって、このような……。
動画で記録して、ユーチューブに投稿したいものだ。でも、さっきこの部屋に入る前にスマホと腕時計を取り上げられてしまった。だから今は、文明の利器なる物を何ひとつ身につけていないのだ。目にしっかり焼き付けるしかない。
ここは、昔大庄屋だったという父の実家。俺の祖父母が暮らす田舎の豪邸の大広間だ。祝いの席らしく床の間には鶴と亀の大きな掛け軸二幅が飾られている。
それを背に、俺はこの座の主役として、家紋の「鶴の丸」五つ紋の黒紋付羽織袴姿で、ふかふかの座布団の上に鎮座している。そして、脇差を腰に差しているのだ。もちろん本物だ。ずっしり重い。
鞘はきらびやかな螺鈿(らでん)の装飾が施されている。鍔(つば)は青海波(せいがいは)模様が入った小さく丸い物で、小柄(こづか)というナイフが装着されている。
そして、赤と黒の二色の絹製の平組紐の下緒(さげお)を帯に通すことで、思った以上にしっかりと腰に固定できている。
刀身を見る余裕はなかったが、きっと有名な刀鍛冶の作品に違いないだろう。爺ちゃんは銃刀法の登録をちゃんとしているのだろうか。
二間をぶち抜いた八十畳ほどもある大広間には、村長をはじめ、この村選出の県会議員、六十名あまりの村の有力者たちが、やはり紋付羽織袴の正装で俺の前にコの字型になってずらっと並んでいる。
それぞれの前に置かれた漆塗りの膳には、鯛の塩焼き、刺身、山菜の天ぷら、茶碗蒸し、じゅんさいのお吸い物など、豪華な料理が供されている。彼らはそれらに舌鼓を打ち、先ほど俺が鏡割りしたばかりの樽酒を飲んで大騒ぎしている。
この部屋には蛍光灯や白熱灯など、電力を使う照明は一切ない。その代わりに座の中央には、背の高い大きな燭台が何本も並んでいて、その上で「百目蝋燭」と呼ばれる重さが百匁(三百七十五グラム)もある大きな蝋燭が、煙も上げずにオレンジ色の明るく長い炎を伸ばし、眩しい光を部屋の隅々にまで運んでいる。
先ほど日が暮れて夕闇が訪れたので、次々に火が灯され幻想的な夜が始まった。俺から見て正面と右横の二面の襖はすべて取り払われている。外廊下の雨戸も取り外されているので、俺の席からはこの部屋を取り囲む表庭が一望に見渡せるようになっている。
そして、そこにも百名近くの村人たちが、多数の行灯と提灯の明かりの下、花見をするように茣蓙(ござ)の上で酒盛りをして騒いでいるのだ。