未だに実感が沸かないのだが、みんな俺の婚礼のために集まってくれているのだ。俺に酒を飲ませようと何人もやってくるが、俺はまだ十九歳だから、という理由で断った。

本当は飲めなくはないのだが、爺ちゃんをはじめ議員さんたちが未成年に酒を飲ませるのはまずかろう、という俺の配慮なのだ。でも、この騒ぎ方を見るとどうでもよさそうな気がしてくる。

父と妹は俺の右側に、爺ちゃんと婆ちゃんは左側に、俺の嫁になる人の席をひとつ空けて座っている。父の正装はこの家に元々置いてあったのだろうが、妹は突然のことだったから当然のこと着物なんて準備していなかった。

だから、婆ちゃんが大昔に着ていたという桜色の色留袖を箪笥の奥から引っ張り出してもらって着ている。

着物なんて着るのは初めてだったから、婆ちゃんに着付けしてもらっている間は「かわいい」とか「きれい」とか「重たい」とか「苦しい」とか大騒ぎだった。

でも、全体が黒一色のこの大広間の宴席の中で、花嫁が来るまでの間は紅一点としてひときわ目立っている。いつまで正座していられるのか少し心配だが、そんな俺の心配をよそに、俺のことは他人事と言わんばかりに、鯛の塩焼きやお吸い物に箸を伸ばしている。

俺はここに座ったときから全く食欲が沸かず、料理には箸ひとつつけてはいない。普通の結婚式でも新郎はそうなるものなのだろうか。

それに、先ほどから気になっているのだが、見渡してみても相手の両親、親族が座る場所がない。この地域の婚礼の儀式とは、こういうものなのだろうか。それとも、昔の略奪婚の名残なのだろうか。

そんなことを考えていると、この宴席の司会進行をしてくれている村役場助役の脇坂さんが立ち上がった。主賓である村長が手を叩いて座を静める。

「皆さんご静粛に願います。夜もすっかり更けまして、ただいまちょうど五つ時になりました。花嫁がご実家を出発なさる刻限でございます。お迎え係の皆さんには、そろそろ玄関にご参集くださいますようお願い致します。花婿殿には待ち遠しいでしょうが、もう少しそのままご辛抱願います」

五つ時とは、今でいう午後八時。江戸時代から引き継いできた儀式であることが伺える。「待ち遠しい」という言葉に少し笑いが起こったが、俺は笑えなかった。

次回更新は10月23日(水)、22時の予定です。

【イチオシ記事】老人ホーム、突然の倒産…取り残された老人たちの反応は…

【注目記事】同じ名前の鳥が鳴く 【第10回】 見てはいけない写真だった。今まで見たことのない母の姿がパソコンの「ゴミ箱」の中に