百ぺん教えてひとかけらを理解する子がこれほど活き活きとするのを見てニコも驚き、しばらく好きなように遊ばせてみることにした。四六時中鳴らすでもなく鳴っているカリヨンの音に、村人が何事かと様子を見にくる日が続いたが、やがてカーシャは突然信じられないような天才を発揮しはじめた。

この塔にあって人々がカリヨンと呼ぶのは、演奏を目的としたものではなく、古くからある原始的な前打ち用の小さな組み鐘のことだ。四段階に大きさがちがっており、それぞれが異なる音色を奏でていた。

しかしながらカーシャはその鐘で遊ぶうち、音の微妙なちがいを聞き分けて、二つ、ないし三つの音を同時に打ち鳴らしたり、交互に追いかけあわせたりして極めて音楽的な響きを生みはじめた。

彼の小さな力でも鳴るように、同時に鳴らす鐘の紐を横棒でつなぎ、それを掴んで引っ張れば二つが一緒に鳴るように工夫してやると、教えもしないのにカーシャは朝の鐘、昼の鐘、夕べの鐘を見事に変化をつけて打ち鳴らした。

それはニコが打っていたのよりもずっと複雑な音色だった。しかも偶然ではなく、まるで頭の中に譜(ふ)があるように、もう一度やってごらんと言えば何度でも同じことをするのだ。

ニコは舌を巻いた。何一つ満足にできないと思っていた子に、これほど素晴らしい音感が備わっていると誰が知っていただろうか。鐘塔の前に捨てられていたことからして、ニコにはもう偶然とは思えなかった。はじめは親が名乗り出るまでちょっと預かるつもりでいたカーシャを、面倒な手続きを済ませて養子にしたのもそのせいだ。

もう一つ、鐘を鳴らすようになったカーシャには驚くような変化が起きた。塔に取り付けられたカリヨンは大きさの異なる四個の鐘を一組にそれが四組、全部で十六個並んでいるのだが、カーシャの頭にはこの四という数字の組み立てが何かの鍵(かぎ)になったようで、そこから彼はめざましくさまざまなものを理解しはじめた。