月が皓々と輝き、骸骨の身体が夜目にも白く浮かび上がった。ことばもなかった。後悔の念も起こらなかった。ただ呆気ないと思っていた。骸骨は悠然と湯槽を出た。そして何を思ったのか、月明かりを頼りに正太の脱ぎ捨てていった衣服を畳み始めた。
次いでそれを丁寧に棚へ納めると、自分の衣服を身につけた。不思議とやさしい笑みが口元に浮かんだ。心は静かだった。どう言ったらいいのだろう。正太は去って行ったけれど、今でも彼は友達なのだと思った。もう二度と会うこともないのだろうけれど、この心の中の友情は決して消えはしないのだと思った。
骸骨はとぼとぼと歩いていた。どこへ向かうのか自分でも判っていなかった。眠らない、疲れない、腹も減らない、そして喉も渇かない。これが生きているということなのだろうか。
「透明人間じゃないの?」とどこかで誰かが言っていた。もしそうならどんなにいいことだろう。誰にも見咎められることもないのだ。
「何処ヘ行ケバイイノダロウ、マタ‥‥独リポッチニナッタ」
我知らずそう呟いていた。骸骨は識らず知らず里へと路を下っていた。仮面を身につければ変な奴で済まされる。それなのにどうして本当の姿で友達になれないのだろう。いつの間にか月は隠れ、辺りは真っ暗になっていた。
「僕ダッテ人間ダ、心ヲ持っている、故ら僕ハ人間ダ」
思わずそう呟いた。
「あぁあ、マネキンだったらヨカッタノカナ‥‥」
骸骨は立ち止まると溜め息をついた。
「ソウシタラ、少シハ人間ラシク見えたのかな‥‥」
そう呟くとへなへなと踞ってしまった。肩が小刻みに震えていた。雨が降り始めた。骸骨の背にぽつりぽつりと雨が染しみこんだ。だが骸骨は動かなかった。やがて雨足は強くなり、その姿は闇に呑まれていった。