其の弐
三
その時鈍い轟きが耳に到いた。轟きは少しずつ強さを増すように思われた。やがてそれは車のエンジン音だと知れた。そうと気づくのに暫らく時間がかかった。トンネルの中を車が走っているのだ。
だが骸骨はぼんやりと凭れたままだった。車はどんどん近づいてきた。そして轟音が消えた途端背後がぴかっと光り、それがブレーキ音を立てて近づいて来るのが判った。骸骨はハッとした。
「正太だ、正太が‥‥戻ってきた?」
思わず呟いて後を振り返った。胸が高鳴った。だがその期待は虚しかった。見知らぬ車はアクセルを吹かして加速していく。そして赤々と点ったテールライトが向こうのトンネルに消え、やがてエンジン音も聞こえなくなった。
またとぼとぼと歩き始めた。ダムが終わった所で路は二手に分かれていた。目の前にはまたトンネルが口を開け、右手には細い道が延びていた。真っすぐに行けば里に出る。そして右へ行けばまた山の中に戻るだろう。何となくそんな気がした。項垂れると右の道を選んだ。心が沈んでいたから淋しい方へと誘われたのだろうか。
どこへ行くのか、どこまで行くのか自分にも判っていなかった。ただ歩いていた。いても起ってもいられぬから歩いていた。ただそれだけだった。
気がつくと林の中にぼんやりと立っていた。月が皓々と輝き、枝影が地面に縞模様を描いていた。骸骨は木々に囲まれてぺたりと腰を降ろした。静かだった。足元に先ほどのダムが緩やかな弧を描いて横たわっていた。空は満天の星だった。骸骨はそのままごろりと横になった。
「このまま眠ってシマエタラナア‥‥」
そう呟いて目を閉じると、湿った草の匂いがした。だが神経が冴え冴えとして、いつまでも人工皮膚の目蓋に降り注ぐ月明かりが気になるのだった。